なつのゆうがたは、やさしい。
     ――内山華凛かりん









まもの・・・のはなし










 私は、まもの・・・に出会ったことがある。猛暑でしなびて息もたえだえな一日の終わりに、まもの・・・は、おそろしくいちずな目で何かを待っていた。
 疲れて落ち窪んだ太陽をしぱしぱさせる、明るいとも暗いともつかないような空。真夏の日差しに打ちのめされて、ぐずぐずになった入道雲。それに、色や、匂いや、音や、味や、それこそ質感までもあわせた、まるごとのあの日。
 そういうところに、ぴたっすとんと、「遭う魔が時おうまがとき」という言葉がきれいにはまりこんでしまったものだから、私は訳もわからないままに感動したのだった。まさしく、ぴたっすとんと、そういう感じ。
 私はそろそろと深呼吸をする。たった一度、それもほんのつかのま同じ空間に居合わせただけの存在に、想いを馳せる。まもの・・・…はかない面影…まるで蜃気楼みたいな。
 なのに、どうしてだろう。けだるい夕方の記憶ははゆいくらいにあるがままで、僅かにだってなくなりはしない。そのうえ、時折潮がみちるように切なさを運んできては私のこころをもどかしくさせ、静かに還っていく。それを、くりかえし繰り返す。
 たぶんきっと、私にとってのまもの・・・は、なくてはならない大切なものなのだ。小さなこどもが誰の目にも触れない場所にしまいこんだ宝物とおんなじに、ふとしたときに取り出して眺めて、確かめて、そしてようやく安心する。それが過去の方へ押し流されて、消えてしまわないように。
 私は、覚えているかぎり全ての姿を、牛のように反芻はんすうする。まもの・・・のはあのとき、ものおもいをしていて、だから私もまた、ものおもいをする。すると後には、一点の曇りもない、うつくしいものおもいのかけらだけが残る。
 うつくしいものおもい・・・・・・・・・・。あんなに満ち足りたものを、あんなに欠陥だらけのものを、私は、ほかに知らない。








 人に言わせれば、私は昔っから変なこどもだったらしい。
 ホラーや怪談のたぐいを目にすると、必ずと言っていいほど、泣く。しかし原因は、怖いとか気持ち悪いとか、そういうものではない。
 何だか痛々しくて、かわいそうな気がするからなのだった。
 異形の者というのは闇の中にひっそりとうずくまり、ずうっと独りでいようとする。あるいは、誰か来ることを待ち焦がれているのに、いざ来ると、それは自分達を迫害するものでしかなくって、だから仕方なく襲いかかってころしてしまう。
 ――寂しいよね、いやだよね。
 どうも当時の私の目にはそういう風に映っていたらしく――五つだか六つだか、あるいはうんと小さいころの話なので記憶にも定かではない。推測だ――うっかり夏の夜に怪談特集番組なんかをつけたりすると、大変だったのだそう。「もうやめて」と泣いて叫んでおおさわぎにしたもんよ、と母が笑って言っていた。
 今はというと、他称「昔っから変なこども」の私も、さすがにそんな風には思わない。思わないが、「三つ子の魂百まで」というのは本当らしく、その手のものはやっぱり苦手だ。
 だからどんなに仲のいい友達からの誘いだったとしても、頑として初詣にも夏祭りにも行かない。神社に立ち入る気には、なれない。
 あそこには、なにか・・・いる。それは神さまとか呼ばれて、いつもひとりだ。何となく空虚でいじけた匂いがして、私はかなしくなってしまう。
 私は普段、親元を離れて地方の短大に通っていて、今は帰省中だ。明日には飛行機に乗って寮に戻らなければならない。そしてもう夕方だけど、荷造りはまだ全然終わっていない。
 にも関わらず、私は今、自主的に神社の階段をのぼっている。誰に頼まれもしないのに、台所のテーブルに置き去りにされていた回覧版を届けに。もし母と出くわしたのなら、「そんなことはいいから、さっさと荷物をまとめなさい」と口うるさく言われることだろう。
 だとしても、とにかく私は行かねばならないのだった。理由は、ない。強いて言うなら、命令が下っている。
 私は自分でも知らない間に、とんでもない思い違いをしていて、だから行かねばならない。そんな気がしてならなかった。なかなかどうして、わけがわからない。



 訂正しよう。思えば、私は昔っから変なこどもだった。








 一般的に言えば鳥居というのはあかいもので、夕陽も同じようにまっかなものだ。その取り合わせはやたらにぴったりで、けれどその光景は夏にしか似合わない。肺が破けそうな熱気に包まれた、騒がしくて素敵な季節。
 左手に回覧版、右手に鼻歌――指は指揮棒代わりに必要なのだ――という軽装で私は神社を通り抜け、目指すお宅の玄関先に立った。(勿論ここへ来るのは初めてだが、回覧板には町内地図という便利なものが載っている)
 築年数は長そうだけど、きちんと手入れされた二階建ての一軒家。奥の方から、から揚げのむんとした匂いがする。ああ、もうすぐ夕飯どきなんだっけ、と私はようやく気付いた。
 これからが主婦にとって一番忙しい時間帯だ。悪いことをしたなあ、と私は密かにホワイトデーにお返しされたちゃちな陶器の置き物のような気分になる。何の役にも立たない邪魔ものだけど、でも一応はもらい物だから、捨てるわけにもいかない。
 ――こんな時にチャイムを鳴らしたら、ご迷惑になりそう。
 私が迷って立ち尽くしていると、どこからともなくもっさりした毛玉が現れた。見ているだけで鬱陶しくて暑苦しい。うわ、と私が思っていると、まんまるな塊から光がこぼれる。瞳だ。
 それに気付いてしまえば、世間一般でいうよりは遥かに大きくて、おまけにちょっとでろんとしているが、毛玉はまぎれもない猫だった。猫だなあ、と当り前のことを考えていると、のってのって、と面倒くさそうな足取りで猫は歩きだし、私の目の前で止まった。
 (どうしたいんだろう、一体)
 猫は、じっと私を観察している。ぽかんとしたまま、私も猫を見る。な”、と呟くように猫が鳴いた。うわあ。
 私は自分でも不思議なことに、みつめあうという行為をあんまり長くしていられない。しょうがないので回覧版を脇にはさみ、とりあえず猫を抱き上げた。体温と体毛がみっしりとこもっていて、重い。
 さて、どうしよう。
 私はとりあえず、ぐるりと辺りを見渡してみた。
 その時だ。日暮さんの家の裏のあたりから、ぶよー、となんだか間のぬけた――というより、本当に困り果てたといったような、細い声が聞こえた。今にも泣き出しそうな、こどもの声。
 それにしても、ぶよ、って。
 思っていると、毛玉猫がぶるんと体を振るわせた。私は途端にどきん、とし、
 「あ」
 それと同時に、回覧版を押さえていた腕が緩んだ。落っことしたファイルの中の用紙が、はかなく風にあおられる。私はおもいっきり途方にくれてしまった。
 右手は猫、左手も猫、地面にお届けもの。やっぱり私はみっともなく立ち尽くしている。
 「ぶよー、ぶよー」
 さっき耳に飛び込んできたのとおんなじ調子の呼び声が少しずつ近くなり、やがてちいさな男の子が裏庭のほうから現れた。体じゅうに動物の足跡とひっかき傷(もう血が止まりかけて、うっすら赤黒くなっている)だらけな上、手足はどろんこ。勇ましい、と私は思った。腕白でもいい。
 そして私は、男の子のほっぺに見とれてしまった。別に変な意味じゃなく、純粋にいいなあ、思ったのだ。男の子はそういう、特別な健やかさに包まれていた。
 目元がかすかにべそをかいている。その気弱さが男の子をほんの少し情けなく見せていたが、とても伸びやかな顔をしていた。夕陽色の、香ばしいほほ。べちゃっとしめった泥も熱い西日に乾かされて、何かの勲章のように輝いている。小学校の中学年くらいだろうか。
 ――私がちょうどそのぐらいの歳のころ、ご近所に、とっても仲のいい男の子がいた。一つ年上で、まっくろな目と髪をして、真夏でもびっくりするぐらい、肌が白かった。喘息もちで、体があんまり丈夫でなかったのだ。
 結局彼は何年かして、空気のきれいな田舎に引っ越していってしまった。大事な遊び相手をなくした私はしばらくの間、ひどく寂しい思いをしたのだけれど、今の私はふいに、その男の子を――こと、彼のぞっとするほど白っちゃけた肌の色を――思い出していた。この子のせめて半分でも、健康だったらよかったのに。
 男の子が、私に気付いた。
 「あ…」
 何か言いかけたきり、もじもじと体を縮めるようにして、その子はこっちに視線を送っている。戸惑いながらも、条件反射で私もそっちを向く。あ、しまった。
 結局私は男の子とも見つめあう事態に陥ってしまって、でも今度はだっこするわけにもいかないから、私はあのう、と話を切り出した。男の子の目が、ほっとしたように緩む。
 黄昏時より少し前のひざしは、じりじりと熱い。私は日焼けすることなんて何とも思ってはいないけれど、目の玉の黒い部分まで焦げてしまいそうで、それだけは少し怖い。
 しゃわしゃわしゃわしゃわ、じーわじーわじーわじーわ、蝉やなんかの夏虫が、声の雨を降らせる。風はかさかさの、隙間だらけ。全ては完璧なバランスを保って、私をここに招き入れている。
 それこそ、夏の夕方のはじまりだった。








  男の子は、草太くん。そして毛玉猫の名前が、ぶよだった。
 ぶよは草太くんちの飼い猫で、草太くんが体をを洗ってやろうとしたところ、とことん、嫌がられてしまったらしい。さんざん暴れまわり、打ち水をした土の庭で捕まりかけても反撃して――草太くんが泥をかぶり、あまつさえ怪我までしているのはそのせいだ――あのもっさりした体で逃れてきたところで、私とはち合わせたのだ。
 そして今、ぶよは草太くんが準備したたらいの中で泡にまみれている。私と二人がかりで、洗っているところなのだ。(回覧版はちゃんと拾って、今は縁側のところにおいてある。)
 「こんなふうでいいの?」
 「うん、ちゃんとできてるよ」
 草太くんが誉めてくれた。くたくたと水に浸かりこんだぶよの毛はもったりと重く、油を含んだかのようにつやつやとしている。わちゃわちゃともみほぐすように、私は手を動かす。他の何とも違う、不思議な感触。
 「ぶよはどう?」
 私が尋ねると、ぶよはのどを撫ぜたときのように目を細めて、すん、と鼻を鳴らした。元々眠そうな顔が更に眠そうに見える。とりあえず、ご機嫌ななめというわけではなさそうだ。
 「あ、そうだ」
 「うん?」
 「あのね、手伝ってくれてありがとう」
 他愛ない話の途中で、右のほっぺたと目の下のふくろの間のあたりに渇いた泥をくっつけたまま、草太くんは笑った。ああ、やっぱり健康だったらよかったのに。
 それはともかく、草太くんには今年受験生になるおねえさんがいる。今日も本当はぶよ洗いを手伝ってくれるはずだったのだけど、思いがけず補修で学校に呼び出されたのだそう。私もつい五年前はそうだったのだけれど、十五歳って大変だ。
 何か自分にしかできないことがあるのだと自信をもったり、かと思えば何の役にも立たないと落ち込んだり、十五歳はとにかくせわしい。世界はうんと眩しく輝いていて、その分汚いこともまた、目を背けたくなるほど鮮烈に映る。矛盾だらけなのだ。
 けれど望むものに対してがむしゃらに手を伸ばすその姿勢は、あまりにも尊い。みじめで、無謀で、純粋で、激しくて――なんとなく、夏に似ている。
 ひとしきり泡を立てたところで、すすぎに入る。さすがに真水では冷たいだろうから、と草太くんはお風呂場にお湯を汲みに行ってしまった。ぶよと私はその場に取り残される。ぶよがそっぽを向いているのを確かめて、私はそっとぶよを観察してみた。見つめ合うのは苦手だから。
 猫というのは「しなやかで華奢なからだをもち、音もなくするりと背伸びをするいきもの」だと私は思っている。その考えで行くと、ぶよはあまり「猫っぽく」はないのかもしれないが、その代わりぶよはとても「猫らし」かった。猫っぽい猫ではなく、猫らしい猫。
 本当かどうかは知らないが、猫は十年生きると人の言葉を理解するようになるのだという。化け猫、というやつ。
 ふてぶてしくて、そのくせやたらに冷静なぶよはまさしく、そんな感じだった。どことなく不思議な匂いがして、一回くらいは何かやらかしたんじゃないだろうか、と勘ぐってしまう。例えば、家族の誰かをとんでもないことに巻き込む、とか。
 実際ぶよは、草太くんのおねえさんがまだ小さい頃にどこからか拾ってきて、それからずっと飼われているらしい。事実、今さっき、僕よりも長生きなんだ、と何だかくやしそうに草太くんが言っていた。私が思ったようなことのひとつやふたつ、やらかしていたってちっともおかしくはない。
 「ねー、ぶよ」
 しゃがみこんだままの体勢で私が声をかけると、ぶよはめんどくさそうに前脚で頭を掻いた。それからぐりんと首をめぐらせて、縁側の方に顔を向ける。そこには、エプロン姿のおんなのひとが立っていた。きれいで優しそうなその人はおそらく、草太くんのおかあさんだろう。
 「こんにちは」
 おんなのひとは、穏やかにわらって言う。
 私はたらいの傍から立ち上がり、ぺこり、と頭をさげると、
 「あの、お邪魔してます。私――」
 そこまで口にして、私はまたもや途方にくれてしまった。何からどう言ったらいいのか、とんとわからないのだ。
 混乱した私は、怪しいものじゃないです、とか、草太くんがぶよを探してるときに私のところに偶然寄って来て、とか、支離滅裂な説明をはじめた。
 「そんなに慌てなくっても大丈夫よ」
 つい今さっき草太から聞いたわ、とおっとり彼女は言い(ということはつまり、この人は草太くんのおかあさんで間違いない)濡れた手を拭きながら縁側に膝をついた。そして目線を私の高さに近づけ、ごくあっさりとした風に、
 「草太を手伝ってくれて、どうもありがとう、湊さん。」
 と言った。
 私はあやうく、あっと声をあげそうになった。すごい。ど真ん中だ。
 私の名前は少し変わっていて「みなと」という。字こそ違うが、海辺の町なんかにある「港」と同じだ。波のおだやかで、水深のある場所を選んでつくる。
 なだらかな――それは決して平坦という意味でなく、凪いだ――そして深い、内省的なこころ。それが「湊」なのだと笑った父の言葉を、母が言った。
 私は、父を知らない。母が私を身ごもってすぐ、死んだのだと聞いている。当然、会ったことなどあるわけがない。おまけに、母は今まで一度として父の話をしてくれたことがなく、ついでに写真の一枚さえ持ち出して来たこともないので、顔も知らない。
 けれど、私に父はいる。
 私がいる。名前をよばれる。父がつけてくれたものだ。そしてそれは、どんな人だったか、なんてことどころか、顔や名前すら教えてはくれない母が、たった一つきり語った事実。
 ――父がいて、母は父を愛していて、今も昔も、私はこの二人の娘なのだった。
 だから私にとって、「湊」のこころを受け止めてもらえるという事は、とてつもなく嬉しいことなのだ。たかだか三文字の単語にこめられた想いを余すことなくすくい上げた、優しい呼びかた。たったそれだけで、私は娘になる。
 そして、草太くんのおかあさんは初対面であるにも関わらず、それをいとも簡単にやってのけたのだった。すごい。
 それにしても、と私は言った。
 「どうして、私の名前をご存知なんですか?」
 「あら、寺原さんのところのお嬢さんでしょう?」
 違ったかしら、と困ったような申しわけないような顔で草太くんのおかあさんは言い、私は即座に否定した。
 「いえ、そうじゃないんです。私の名前、珍しいですから」
 だから――と言いかけると、草太くんのおかあさんは、
 「いいお名前ね。」
 とにっこりと笑い、私もまた、
 「はい。」
 と返事をして笑った。
 「うちの娘の名前もね、結構、めずらしいのよ。」
 死んだ夫がつけたの、と草太くんのおかあさんはちょっと誇らしげに言った。素敵な名前なのよ。
 草太くんのおかあさんの言うとおり、草太くんのおねえさんの名前はとてもかわいらしかった。とくに、おしりに「め」とつくのがいい。
 「かわいい名前ですね。」
 「ありがとう。」
 草太くんのおかあさんと私は、おなじようなやりとりを繰り返し、そしてまた笑った。
 ――草太くんのおねえさん。一体、どんな女の子なんだろう。私は猛烈に、彼女にあってみたいと思った。
 けれどもしそうなると、色々と不都合が起こってしまう。もしも草太くんのおねえさんがここにいたなら、多分ぶよは逃げなかっただろうから――いや違う、ねえちゃんは強くってかっこいいんだと草太くんも言っていたし、何となくだけど、そう簡単には逃げられないんじゃないか――、回覧版を持ってきた私と顔くらいはあわせるけど、それでおしまいだ。
 ということはつまり、香ばしい草太くんのほっぺに見とれることもなければ、なりゆきでぶよ洗いを手伝うこともないはずだし、したがって草太くんのおかあさんにただしい発音で名前を呼んでもらうこともない。はっきり言って、それはかなり惜しい。
 まったく、世の中というのは随分とむつかしくできていた。








 お湯の入ったやかんを持って戻ってきた草太くんと一緒に、ぶよを洗う。じゃぶじゃぶと何度も水を掬いかけて、泡をすっきり流し終えると、草太くんのおかあさんは冷えた麦茶をごちそうしてくれた。(本当はすいかを切りましょうかとも言ってくれたのだが、それは遠慮した。)
 草太くんのうちを後にした私は、ふんふん、と鼻歌まじりに神社の境内をひとめぐりした。生憎財布を持ってきていなかったので、お賽銭さいせんはなしで勘弁していただいたが、目に付いた神殿の鈴があんまり素敵な風情をしていたので、予定外におまいりもした。
 私が気に入ったその鈴はぴっかっぴかの新品ではないかわり、ごわんごわんと無神経な音を出すほどさび付いてはいない。大事に、そしてほどよく使い込まれた感じ。神主さんとも軽い世間話をしたのだが、その話ぶりからもこの神社がいかに愛着をもたれているか良く判った。
 ここの神主さんは小柄なおじいさんで、ひょっとしたらとは思っていたのだが、やっぱりこっちも正真正銘草太くんのおじいさんだった。健康そうなところとか、さりげない動作なんかがどことなく似ている。
 細くしょろしょろとまぶしたような(たくわえたというのはちょっと貧相で、でも良く似合っている)白いひげ。最初からどことなく、いい印象を持ってはいたが、それ以上に私はいっぺんにこのおじいさんを好きになってしまった。
 「そもそも、日暮神社の由来は…」
 どうやら草太くんのおじいさんは無類の薀蓄うんちく好きらしく、神社の歴史から始まって、たくさんのことをとうとうと語る。今まで神社というものから逃げ出して暮らしていた私にとってその話はただただものめずらしく、私は興味しんしんで聞いていた。そのせいか、おじいさんの言葉にも力がこもる。
 「――とまあ、このぐらいにしておこうかの。どうじゃったお嬢さん?」
 孫どもは、ちっともわしの話に取り合ってくれんので、若い人にこの話をするのは久しぶりなんじゃよ、と照れたように草太くんのおじいさんは笑う。
 「とっても面白かったです」
 私が言うと、草太くんのおじいさんは高らかに声を上げた。ほっほっほっ、と心から嬉しそうに笑う。
 なんとなくお茶目で現実離れした笑いかたをするひとだ、と私は思った。この家の人はみんなおっとりした感じがする。なのに、最年長のこのおじいさんが案外誰よりもはっちゃけていそうな気がするのだ。
 ――いいなひとたちばっかり。
 この家に住んでいるのは、こんな人たちだった。みんなとてつもなく素敵で、感じのいいひと。だから私は、とある場面を想像してみる。
 それはたぶん、日暮家ではありふれた光景だ。草太くんと、草太くんのおかあさんと、おねえさんと、おじいさん。もちろん、すぐ傍にぶよもいる。この四人と一匹がみんな揃う。夕方が近くなる。みんなが帰ってきて、台所に集まる。
 そうして全員で、仲良く夕食をとるのだ。その場面というのは、なんだかいい。よすぎる。
 私はさらに空想の範囲を広げてみる。もしもそこに、奇妙な闖入者が現れたりなんてしたら。
 彼らはきっと闖入者の登場を面白がりこそすれ、咎めだてたり騒いだりすることもなく彼を招き入れるだろう。まるで一足遅れて帰ってきた家族にするのとおんなじに、席を空け、食器を用意し、一緒に食卓をかこむに違いない。そういう空気がこの家族にはある。闖入者は、とんでもなくしあわせだ。それこそ、本物の家族みたいに。
 ――夕食!
 そこまで考えて、私ははっとする。そういえば、ちょっと上等なおさしみを奮発したのだ、と母がいっていたのだった。それも「最後の晩餐」だなんておふざけつきで。
 「もうお帰りですかな?」
 「はい、母も待っていると思いますし」
 草太くんのおじいさんはそのしわしわの手をゆったりと動かし――でもやっぱりさすが神主さんだ、なんとなくおごそかな感じがする――握っていた竹箒を脇に置き、
 「気をつけて帰りなさい」
 何かと物騒な世の中じゃからの、と生真面目な顔で付け足した。私がうなずくと、草太くんのおじいさんはまた、ひょうきんな笑顔に戻った。
 来て良かったな、と私は思った。草太くんの家族と出会えたことが、とても嬉しかったのだ。
 けれど、本当に私はそのためにここに来た――もとい、呼び寄せられたのだろうか。
 それだけはまだ、わからない。








 草太くんのおじいさんと別れ、私はぺたんとしたサンダルの先を見つめながら歩く。注意深く、境内からまっすぐに続く敷石の升目に足がかからないよう、ひどく集中して。今まで神社に来たことがなかったから知らなかったのだが、この刻まれたみぞというのは、なんだかこわい。というより、あれを無視して踏んづけることが、かもしれない。
 あんなに生真面目な顔で(石は自然の物だから、そんなものが四角いのは肩肘を張っている証拠だ)規則正しく整列しているものだから、どうしてもかれらに申し訳なくなってしまう。それに、けんけんぱをするみたいに、四角形の間に足をのっけていくのもまた、だんだん面白くなってしまった。
 そうやって歩いていくと、鳥居の影のまんなかのあたりが、随分と膨らんでいることに気付いた。鳥居の上に石を投げて載せることが出来ると願いが叶うというが、そんなに小さくはない。もっと大きい…そう、ちょうど人くらいの。
 私は息をのんだ。
 鳥居の上に、誰かが座っている。あぐらをかいて、夕方の街の方を向いて。
 ――なんて、なんて。
 私は紅茶が大の好物だ。だからか、ふいに私は、上等の葉でとびきり丁寧に紅茶を淹れようと思い立つ。そうするともう、最後のひとしずくがカップにぽとんと落ちていく音が猛烈に気になり始めている。その、緻密であたたかくて、手にとるとしっくりと肌に馴染むような、ほんの一瞬が。
 私はあれがたまらなく好きだ。どこかほっこりした感じで、同時にとてもはかない。鳥居の上の光景には、それと同じ匂いがして、その上さらに何かもっと狂おしいものがにじんでいた。うつくしいものおもい・・・・・・・・・・。何てきれいなんだろう。
 あれは「まもの・・・」だと、私ははっきりと悟った。
 すべすべした石の上に膝とお尻の両方をつき――この時ばかりはきちんと並んだみぞのことも忘れていた――私はぼんやりとした頭で、まもの・・・の後ろ姿を一心に見つめる。
 まもの・・・は、どうも私には、男の子のように思えた。それもたぶん、私よりも年下。そう、ちょうど、草太くんのおねえさんくらいかもしれない。おんなじ、十五歳。
 私はさっき想像したばかりの、鮮やかでたくさんの矛盾を思い返してみる。うん、そうだ。この、鳥居と夕陽の取り合わせがしっくりくるのは、夏しかない。そして十五歳は、夏に似ているのだ。
 十五歳の男の子。そういう感じが、彼のまわりを取り巻いて、空気を濃くうめつくしていた。
 大人でもないし、子供でもない年頃。生気みなぎる雄々おおしさが見え隠れする変わりに、背中がこどもっぽくすねている。おかしくて、かわいい。
 ――まもの・・・が、こっちを見た。私とまもの・・・は見つめ合う。しつこいようだが、私は見つめ合うということをあんまり長くしていられなくて、でも今はそんなことを言っている場合ではない気がした。
 西陽の加減で、瞳が炎を炊いているような光り方をしている。押さえ込もうとした気持ちがかすかに漏れ出して、それが目をてらてらとさせている。
 私はふいに、映画なんかでみた異形のことを思い出した。あんなふうに、まもの・・・は私を食べてしまうだろうか。
 それはない、と私はすぐにその考えを打ち消した。
 あの、てらてらした目に込められたエネルギーなら、まもの・・・がそう思わなくてもそれぐらいのことは朝飯前かもしれない。でも、そのぐらいある種の狂気に満ち満ちた眼をしているくせに、今にもこっちへ襲い掛かってきそうだと、そんなふうに予感するような凶暴さはこれっぽっちも見当たらない。
 それにまもの・・・は、そのエネルギーをぜんぜん違うところへ向けている。だからきっと、そんなことはしない。
 まもの・・・のものおもいは、どこを目標にしているのだろう。その、有り余るほどのエネルギーは。
 考えるまでもない。まもの・・・の、大切なものへむけてだ。
 ひとが生きていくためには、何か一つは大切なものがなければいけないのだ、と私は思う。その大切なものを拠りどころにして、笑ったり泣いたり、喜んだり傷ついたり、するものだと。
 けれど時々、あんまりにもだいじ過ぎて、苦しくなってしまうことがある。物足りないというか、欲が深くなるというか、とにかくうんと自己中心的な、乱暴な気持ち。多分、そういうのを執着と呼ぶんだろう。
 こういう衝動は一度生まれてしまうと、そう簡単には消えてくれない。いつまでもいつまでも葛藤かっとうをくりかえして、例え鎮めることができたとしても、またその戦いは続くのだ。
 ――それでもまもの・・・は、しあわせそうだった。
 思いつめた、でもそうしてはいけないことを知っていて、踏みとどまっている感じ。でも、それくらい大切なものがあるなら、それを待っているのなら、まもの・・・は今、とても幸福な気分になっているはずだと、私は思う。
 せつなくて、心がいたくて。でもそれはけっして、苦痛ではない。そういう感情には、いつだって特別な名前がついている。
 (なつのゆうがたに、恋をする。素敵なことじゃないの、とっても)
 やがてまもの・・・は鳥居の上に音もなく立ち上がると、ひとっとびで姿を消した。あとには、かすかにものおもいの気配だけが残ったけれど、それ以外には、まったく何もなかったように、夏の夕方が続いている。
 一瞬の邂逅かいこうだった。それなのにまもの・・・は、私の手からあふれるほどの記憶を残して去っていった。静かな風が、私の全身をくすぐる。鳥居の向こうの大きな太陽に晒されたまま、体が動かない。
 「お嬢さん、怪我でもしましたかの?」 
 草太くんのおじいさんが心配そうに、駆け寄ってきた。私はできの悪い操り人形にでもなったかのようにぎこちなく振り向いて、言った。
 「見たんです、私。鳥居の上に、まもの・・・がいるのを」
 「まもの・・・?」
 草太くんのおじいさんはもう一度まもの、と呟くと、懐からタオルか何かを取り出して、額と掌を押さえた。そのまま、私の言葉を待っている。
 「だって今の時間帯を、逢う魔が時っていうでしょう?」
 そういうのって素敵じゃないですか、と私が言うと、草太くんのおじいさんはほっとしたような顔をした。腰をぬかすような形で座り込んでいた私に手を貸してくれたあと、きょろきょろとあたりを見回しながら本殿のほうへ戻ってゆく。
 今さっき汗を拭ったばかりの草太くんのおじいさんの右手は、じっとりと湿っていた。彼は何かを、知っていたのかもしれない。
 ――でも、それは私にとって、大した問題ではなかった。
 私は下敷きにしてしまった石畳の角に謝りながら、静かにまもの・・・のことを思い出してみる。やっぱり少し思いつめた、てらてらした目をしていた。
 でも、大事なものをちゃんと持っている輝きだった。私が勘違いしていたのは、これだったのだ。
 ――異形のものは、かわいそうでもなんでもない。それは単なる私の同情で、おごりなのだった。
 思い上がっていたんだなあ、と私はへんなことに感心した。








 家へ帰った私は案の定、母からお小言をくらった。夕食のおさしみはひどくおいしくて、私と母は二人で競うようにして平らげた。食事のあとには夜を徹して荷造りが待っていたが、母がぶつくさ言いながらも手伝ってくれたおかげで、それほど時間は掛からなかった。
 明日の朝、私は飛行機で大学のそばの寮にもどる。もちろん、夏の夕方の記憶も一緒に連れてゆく。
 まもの・・・のものおもいを、私は一つのこらず優しく抱きしめた。