風の
琥珀くんが死んだ。あたしや珊瑚ちゃんや、皆の目の前で、奈落に四魂のかけらを抜き取られ、殺された。ぼろぼろの装束と、血に濡れた鎖鎌。残ったのはそれだけで、琥珀くんの体は実にあっけなく崩れ去り、どこかへ消えた。
珊瑚ちゃんには、死を悼み、とりすがるべき遺骸がない。ただただ呆然と、琥珀くんが最期に立っていた場所に目をやっていた。確かに目の当たりにした絶命の光景、にも関わらず彼の死はどこにも姿を見せない。涙をこぼさない慟哭というものが存在するのだと、あたしは初めて知った。
琥珀の形見を、里へ還したい。珊瑚ちゃんはそう言って、故郷へ戻っていった。彼女の身を案じてのことだろう、是が否にでも同行したがった弥勒さまを振り切り、たった独りで。心の整理がつくまではそっとしておいてやった方がいい、落ち着けば自分から戻ってくる。悲しげな、そして信じきった目で、彼は呟いた。雲母は意志のない、あるいは自らの主と完全におなじ意志しか持たない、ただの乗り物として付き従っていた。
膝をついた格好で草太にすがりつき、あたしは気ちがいのように泣き喚いた。目からあふれた熱水が、ちいさな胸の上をぐじゃぐじゃと汚していく。汗で蒸れた頭髪、すっぱい匂い。どうしてこのこは温かいのだろう。ねえ、どうしてこんなにあたたかいの。
声をすっかり嗄らしてむせこみ、時折胃がもみくちゃにされたような不快感にえづきながら、それでもあたしは止まらない。ぎっちりと締め付けるようにして、彼の体に腕を絡ませる。
かごねえ、と草太が小さく囁いた。それはあたし達がうんと小さいころの、お互いだけの呼び名。たったの一つしかない。…草ちゃん。彼はあたしを宥めたかったんだろうに、もっと訳がわからなくなってしまった。叫び、壊れた涙腺に、瞼を腫れさせ。もっともっと。
琥珀くんは、大切な仲間の、大切なひとだ。けれどだからといって、あたしにとって大切なひとかといえば、そうではない。けれど、判りすぎるのだ。
あたしはぼんやりと考える。もし草太があたしの目の前で死んで、しかもその体が、死の証が残らなかったとしたら。
あたしはきっと、涙をこぼしてはやれないのだ。同じ血をもつ愛しい肉親の喪失は、永遠にあたしの中に棲みつかない。きっと。
万一、そうよもしも、もしもだけど、あのこはあたしやみんなの知らないところで生きているかもしれないわ。だってあたしは死体なんて知らないもの。それなのに、認めることなんてできるわけないじゃない。もうどこにもいないなんて、そんな。
――でもあたし、あのこが血まみれになって、倒れるところをみたの。
抱きしめて別れをつげることもできない珊瑚ちゃん。やわらかな四肢に支えられて嗚咽するあたし。それは受け入れることだ。
珊瑚ちゃんはあたしにならなければならない。そうしないと彼女はきっと珊瑚ちゃんで無くなってしまう。そうなったら、珊瑚ちゃんじゃない珊瑚ちゃんは、死ぬしかないのだ。そんなのはいや。…だったら、あたしはどうしたらいいの。あたしはいったい何を。
かごねえ。その響きを、あたしは反芻する。何度も何度も、あたしがあたしでなくなって、あたしになる前のあたしに戻るまで。あれは、あたし達の特別だった。
あたしはまた考える。珊瑚ちゃんと琥珀くんの間にも、二人だけのそれがあっただろうか。そんなの、答えは決まってる…あたしには弟妹のいない仲間たちよりもずっと判るはずなのに、あたしはいったい、何をしているのか。
大事な弟。だいじなおとうと。あたしの、珊瑚ちゃんの、あたしたちの。
ねえ、どうして。