どうして、とただの一言。
 綺麗な顔を歪ませ、娘は尋ねた――。







                【霖雨、蕭々と】







 ほのやかな薄紅の、花弁を踏みにじる。
 鈍色【にびいろ】にこごる空が、二人の若者にずしりとのし掛かる。
 しとしとと陰鬱な雨が、春の桜をひたすらに打っていた。
 むっとするような湿気【しっき】は、やけに薄ら寒い。
 





 
 獰猛なくせに優美なものごしから、雨粒はすっきりと通った鼻梁へとしたたる。
 大きな瞳の上で、黒々と長い睫毛【まつげ】が濡れ濡れと雨滴を弾く。


 美しい青年だった。
 美しい娘だった。






 
 熱を孕んだ胸の、鼓動だけがいつまでも早い。
 ただ、雨に打たれる手指だけ凍えている。
 こうして向き合うことがこんなにも苦しいのだなんて、知らなかった――。







 諦めきれぬ愛しさゆえに、娘は小さく、故【ゆえ】を問うた。
 茫洋として泣きもせず、震える虚ろの唇の赤さが艶めかしい。


 剥き出しの恋情、やるせない心の痛み。
 どう受け止めれば良い?
 …何も、与えてはやれぬのに。







 青年が娘の名を呼んだ。
 ひどく甘やかな声音に、枯れた筈の涙がゆるゆると湧き上がる。


 掬い上げられた頤【おとがい】を舐め上げる舌の、優しさが却って哀しい。
 最期になると、判っているから。






 
 これを限りと、娘はやんわりと青年を押し返した。
 華奢な手の甲の感触に、狂気にも似た血がざわめく。


 別離【わかれ】を告げる澄んだ響きに、そのたおやかな四肢をじいと見つめた。 
 最期になると、判っているから。







 立ち尽くす青年に、言葉はない。
 答【いら】えも寄越さず、俯【うつむ】きもせず。
 ほとりとひとひら、彼は泣いた。
 静かに雫が伝う頬は、しとどに濡れてやけに強【かた】い。


 変わらず雨は、降り注いでいる――。







 眠たげに烟【けぶ】る、春の長雨【ながめ】。
 天より落つる水の、ひどく冷たい。




 


 (――済まないと、それすらも云えずに)